2026年度 9月 園長だより
「いのちの記憶」
8月10日、我が家の愛犬が天国に召されました。今月14歳になるはずだった黒い柴犬。とてもおとなしい性格で、いつも家族のそばにいてくれる犬でしたが、昨年末から体調を崩し、みるみるうちに痩せていきました。入退院を繰り返し、最期は病院で息を引き取りました。大粒の涙を流しながら犬の体をずっとさすっていた娘の姿が目に焼き付いて離れません。もう触れることも、名前を呼ぶこともなくなり、私もその生活に、まだなかなか慣れることができないでいると、息子たちが家に帰ってきてくれました。みんなで犬の思い出を話し、写真を見たりしました。そうしているうちに、いなくなったという悲しさだけではなく、「今も私たちの心の中で生きている」と感じることができるようになりました。触れたときのぬくもり、声、表情。その一つひとつが、今でもはっきりと私の体に残っています。姿は見えなくなっても、共に過ごした時間や、そのときに感じたことは、私の中から消えてはいないのだと思います。
そんなことを感じながら過ごした今年の8月は、園でも「時間を超えて残っていくもの」を、たくさん見せてもらった一か月でした。
毎年8月には、卒園生を中心に、様々なこども達が園に集まってきてくれます。毎年恒例のイベント「卒園生の日」では、なつかしい「あまがさすの森」で遊びました。相変わらずカニを探すこども達の姿がありましたが、以前とは少し違います。「どこにいる?」「食べ物があるところじゃない?」「ミミズとか食べるんじゃない?」「じゃあ、ここの土を掘ってみよう。」そんなふうに、自分たちで問いを立て、予想し、実際にやってみる。うまくいかなければ場所を変え、また試してみる。まさに探究活動。以前は、手あたり次第に石をどかしてカニを探していたこども達が、今では「なぜここにいるのだろう」と考えながら探していました。その姿を見て、私はとても嬉しくなりました。幼い頃、この森で過ごした経験が、こども達の中にしっかりと残っている。そして年月を重ねる中で、その経験が「考える」「試してみる」「もっと知りたい」という力へとつながっているということが感じられたからです。また、平日はほぼ毎日、保育ボランティアとして卒園生に限らず、たくさんのこども達が来てくれました。以前は自分の思いばかりを優先していた子が、小さなこどもの様子をよく見ながら、その子に合わせて関わっている姿もありました。幼い頃に「してもらったこと」が、今度は「誰かにしてあげること」へとつながっている。その成長を目の前で見ることができるのは、私たちにとって大きな喜びです。幼児期に育まれたものが、その後の人生の中でどのようにつながり、形になっていくのか、「人生の土台づくり」の途中経過を知ることができるからです。こどもの成長を、目の前の姿だけで捉えるのではなく、少し長い時間の中で見つめていくことも、大切なことですよね。
2020年度、コロナ禍が始まった頃、当時の年長さんたちは「お泊まり保育」を経験することができませんでした。そんなこども達からの要望もあり、小学6年生になった2020年度の卒園生を対象に、1泊でOB合宿を行いました。スイカ割り、カレー作り、お化け屋敷…等々、参加したこども達の姿を見ていると、まるで年長さんの頃に戻ったようでした。朝の散歩で若草公園に着くと、いきなり全力で走り出し、雨で遊具が濡れていても、そんなことはお構いなしに遊び始める。その姿を見ながら、私はとても懐かしい気持ちになりました。そして、幼い頃に触れた感覚や、そのときに心に刻まれた思いは、決してなくなるものではないのだと思いました。時間が経てば、こども達は様々に変化していきます。けれども、幼い頃に感じた風、土の感触、友達と走ったこと、転んだこと、先生に抱きしめてもらったこと…。そうした一つひとつの経験は、目に見えないところで、その人の中に残り続けるのだと思います。「いのちの記憶」とはそういうことかもしれません。毎日の保育は、特別なことではありません。何気ない一日が、また次の日へと続いていきます。けれども、こどもはその一日を生きる中で、確実に何かを感じ、何かを身につけています。そして、その積み重ねが、いつか大きくなったとき、その子の中で思いがけない形で甦るのだと思います。カニを探すために土を掘った経験が、何かを「知りたい」と思う心につながるかもしれない。森の中で友達と夢中になって遊んだ記憶が、人と関わる力につながるかもしれない。先生や友達に受け止めてもらった経験が、今度は誰かの気持ちを受け止める優しさにつながるかもしれない。そして、幼い頃に「自分はここにいていい」と感じた安心感が、その後の長い人生を支える力になるかもしれません。そうした一つひとつを大切にしながら、こども達の「いのちの記憶」を育んでいきたいと思いました。
愛犬との別れを経験したこの夏、私自身も、共に過ごした時間が決して失われるものではないことを感じました。触れたぬくもりも、声も、表情も、今も私の中に残っています。こども達の毎日も、きっと同じなのだと思います。小さな手のひらに残る土の感触も、森の中で聞いた音も、先生や友達と笑った時間も、私たちには見えないところで、その子の中に刻まれていく。だからこそ、私たちは今日という一日を大切にしたいと思います。こども達が心を動かし、夢中になり、人と出会い、「生きている」という実感を重ねられる毎日をつくっていくこと その積み重ねが、いつかその子の人生を支える「いのちの記憶」になると信じています。青梅幼稚園で過ごした時間が、こども達にとって、そんなかけがえのない記憶として残っていくことを願いながら、これからも一人ひとりの「今」を大切に、こども達と共に歩んでいきたいと思います。(園長)

























