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2019-10-04

10月の園長便り

「はなのすきなうし」という絵本はご存知でしょうか?
スペインのある牧場でくらすフェルジナンド(牛の名前)はこどものときから、ひとり、しずかに花のにおいをかいでいるのが好きな牛でした。 ところがある日、牛買いの男たちがやってきてフェルジナンドを無理やりマドリードの闘牛場へ連れていってしまいます。 闘牛士たちを前に、フェルジナンドは闘うことに……いえいえ、ただ女の人たちの帽子に飾られた花のにおいをかいでいるだけでした。 フェルジナンドはどんなに挑発されても闘うことなく、結局また牧場へ連れ戻される、というお話です。 フェルジナンドが子牛だった頃、お母さん牛が「一人ぼっちで寂しくないのかい?」と心配する場面があります。 「ぼくは、こうして、ひとり、花のにおいをかいでいるほうが、好きなんです」とフェルジナンドは言います。 お母さん牛は寂しくないということがわかると、フェルジナンドの好きなようにしておいてやるのです。 作者のマンロー・リーフは「フェルジナンドが花のにおいをかいで闘わないのは、よい趣味をもち、また優れた個性にめぐまれていたからだ」と言っています。 私はフェルジナンドが「優れた個性にめぐまれた」のはお母さん牛のようにこどもを信頼し、見守る存在があったためだと思い、絵本を通して深い示唆を与えられた気がしました。

「空気」を読んでも従わない

鴻上尚史という作家が上記のタイトルで本を出しています。 日本における「世間」と「社会」の特徴を分析し、生き苦しさの原因となっている「空気」の正体についてわかりやすく述べています。 詳しくここで紹介する暇はないのですが、身近な人間関係で構成される「世間」の「空気」(暗黙のルール)に縛られ、 「空気」を優先するあまり「個人」は後回しになり、「空気」を読めないと仲間外れになってしまうという構造。 これは現代日本のいじめにもつながっていることなんだと書いてありました。 「はなのすきなうし」フェルジナンドは「空気」に振り回されず、あらそわない牛としての自分を守ることができました。 絵本の最後に「フェルジナンドはとても しあわせでした」と結ばれています。 実はこの「はなのすきなうし」は9月12日に長山先生がぱんだ組・きりん組の読み聞かせの時読んでくださったのですが、長山先生が読み終わった後、「しあわせってなんだろうね」とこども達に問いかけておられました。 すると、「気持ちいいっていうこと」と答えた子がいました。
しあわせって気持ちいいこと…そうかもしれませんね。

個性の尊重という言葉は、もはやありふれていて、当たり前のように使われていますが、実際はどうなのでしょう。 むしろ「個人」を無視して「空気」を優先させることの方が多いのではないでしょうか。 確かに大人になるにつれて「空気」を読んで行動することは多くなってくると思います。 けれども、そこで生き苦しくならないために、「個性」はしっかり守られなければなりません。 そのためにも唯一無二の「自分」という存在をこの幼児期にこそ確かにしてあげることは私たち保育者が一番やらなくてはならないことだと思っています。
「社会」の中で生き生きと成長していってほしいからこそ、いつもこども達を信じ、見守ることのできる私たちでありたいと願っています。 フェルジナンドのお母さん牛がそうであったように。

(園長 横山 牧人)

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職員室


教材が置いてあります。

りす・こりす


3歳児・満三歳児クラスのお部屋。

フリールーム


預かり保育、礼拝、健康体操など多目的に使います。

うさぎ


3歳児のお部屋。少人数にはぴったり。

お庭


5月にはグミの実が、夏から秋にかけて野イチゴが採れます。

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こひつじ


地域の親子が遊べるお部屋です。

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4・5歳児の縦割りクラスです。

こどもトイレ


壁紙も木の扉も先生の手作業できれいにしました。


のぼる子ども多数。下にはスギのウッドチップ。

ポスト


のぼるところ。宝物などをしまうところ。

ブランコ


ブランコを片付けるのは年長さんの証です。